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父の死 [雑感]

久々、10か月ぶりの更新です。


父が昨年の3月に入院、そしてあれよあれよという間に5月に亡くなり、私自身すべてにおいてやる気がなく、意気消沈の日々を送っていました。世の中がモノクロに見え、今までのカラフルな世の中はどこかに行ってしまいました。

父は、特発性間質性肺炎という治療薬もない難病での死でした。国指定の難病だそうです。

延命治療を望んでいなかったため、通常の酸素マスク15リットルでも苦しくなったときには人工呼吸器も拒否。実際人工呼吸器にしたとしても本人の呼吸は楽にはならないらしいことをいろんな情報で知っていました。だからもう、通常のマスクでもダメならば最後は安らかに逝ってほしいと願い、緩和ケアをお医者さんにお願いしました。つまりモルヒネです。その選択が正しかったのかどうか今でもわからないのですが、モルヒネを打ったその日のうちに息を引き取りました。

でも本人が一番息するのが苦しいと思うのですが、見ているこちらもとっても見ていられず、今でもそのことを思い出すと涙が出てきます。

82歳の生涯。世の中的にはまあまあの長生きと言えるのかもしれませんが、背中も曲がっていなかったし、歩き方もシャキシャキしていて、頭もしっかりしていて、見た目にも60~70歳代といってもいいくらい若く元気だったのに。狭心症で何度か手術したり心不全も起こしたり、不整脈ではありましたが、こんな難病にならなければもっと長生きできたのにと、本当に残念でなりません。あまりにも急だったので私自身が、がっくりきました。


特発性間質性肺炎になると、治らないのに大量のステロイドを体に入れます。

ステロイドはいろんな病気に使われていますが、長く使っていくとしかも大量に使うと、糖尿病やら骨が弱くなるやら、免疫力が落ちてすぐにいろんな病気になるやらの副作用が強く、何一ついいことがありません。それでもその難病を一時的にでも食い止めるためにステロイドの大量投与をするのです。案の定血糖値が高くなり毎回血糖値を測り高ければインシュリンの注射を打ち、治らないのに血液検査、レントゲンを取り…と、母が30年以上前に胃がんで亡くなりましたが、母の時と同じく、治らないのに、もう亡くなるしかないのに、そういった検査に次ぐ検査が今もなお、家族側からストップをかけなければどんどん続けられているのだなあと、見ていて苦しかったです。最後は止めてもらうようお願いしました。

また春ウコンが免疫力をアップし、末期のがん患者の人たちの希望になっているのを知り、がんではないけれど、もしかしたら父の病気にも何かしら影響があるのではないかと思い、入院中一時期父に春ウコンを水に溶いて、大量(一日に6gくらい)に一日かけて飲んでもらっていました。春ウコンは一般の食品なので、お医者さんから食品なら何をとってもいいと許可をもらってのことです。ただ肝臓の値が悪くなる時があったので、春ウコンが原因かどうか良くわからなくて中止しました。すると、一時期すごく良くなったと思ったのに、あれよあれよという間に何度も熱を出して寒さで震え、また熱を出し震えを繰り返し、酸素マスクも取り外せる状態に一時期なったのに、そこから3リットル、5リットル、8リットル…とどんどん増えて、最後はもう一気に悪くなったのです。

今となっては、ステロイドをやらずに春ウコンを大量に続けて飲んでもらったらもしかしたらそのまま良くなったのかも…と思ったり、でも病院に入っている以上は医者の言う通りの治療をするしかなく、そうかといって父を退院させて家に連れてくるわけにも行かず、今考えてもベストな方法は見出すことができません。


3月に入院するまでの間、前年の9月の健康診断で「肺に影がある」と近くのクリニックで指摘され、ただ父は心臓の専門クリニックのかかりつけ医がいたため、そこにその健診結果を持っていたはずですが、その時どのような検査が追加して行われたのか「何ともないみたい」と言っていたようでした。そして12月に風邪をひいたと思い町医者に行ったらやはり風邪と言われ、それでものどと鼻がおかしいと耳鼻科に行き(そこでは単なる老化と言われ)、そのうち胃がおかしいと胃カメラを飲んで(そこでも何ともないと言われ)、そして今度は心臓が苦しいといい出し、心臓専門病院(クリニック医の医師もそこでオペをする)に行ったら「これは心臓でなく肺です。相当ひどいのですぐに入院してください」と別の総合病院を紹介されてすぐ入院という経過を辿りました。

今考えると、健康診断のときの肺の影が怪しい。あの時発見されながら、適切に治療が受けられなかったこと。私ももっとしつこく父に言っていれば良かったのですが、本当に後の祭りです。

父が入院しているときには病気のことを調べ、少しでも助けになるようなサプリとか体にいいものはないかと探し、またちょっとでも良くなれば退院したときのことを考え、病院のソーシャルワーカーに相談して地域包括センターで要介護の申請を始めたり、その一方で医者から「難病なので治せない。治る見込みがない」と言われていたため、葬儀のことやら、父の預金のことやらいろんなことを心配し調べて、いくら時間があっても足りなかった。そのうち自分まで食べられなくてどんどん痩せていき、一時期具合が悪くなって自分まで病院にかかる様になったときは本当に苦しかったです。


父と私はとても仲が良かったし(母とも仲が良かった)、弟もいますが(所帯を持って別に住んでる)、家族が皆仲良かったので、本当に悲しすぎます。母が亡くなったときに、もう誰が無くなっても母の死ほど悲しいものはないだろうと勝手に思っていましたが、父が亡くなっても同じくらい、いや、もしかしたら自分が年を取った分余計に父の死が堪えているのかもしれません。私は父と二人暮らしだったので、一人暮らしになってしましました。自分でそうなるとは全く想像できなかった。若い時に自分から一人暮らしするならいいけれど、私は自ら望んで一人暮らしになったわけでもなく、一人取り残されてしまった感が強いです。だから余計に辛い。小さいけれど家と土地、そして少しだけどお金を残していってくれた父に、今は感謝しかないです。


父が亡くなってから、たぶん私がメソメソしてるためか、今まで5,6回父の夢を見ました。苦しいのでちゃんと思い出すことを意識的にしたりはしてこなかったので、たぶんそのまま苦しみが凝り固まってしまってるかもしれないのですが、一時期は仕事でどこかに行って歩いていても、父と思い出のある場所にふと出くわすと、突然涙が溢れてとめどもなく、本当に情緒不安定になっていました。

そして今まで散々精神世界の本を読んできて、あの世があり、魂は永遠だと知っていて、それを信じていても尚、父の死の何の慰めにもならず、飯田史彦氏の「生きがいの創造」シリーズを読み直しても、何の助けにもならずにいました。それでも食べて、働いて、生きていかなければならないので、もうなすがままに生きているのですが、先月、たまたま読んでいたブログの中に、「生きているだけで十分だから」という言葉を見つけ、大粒の涙を流しました。また吉本ばななの本を読んでいたら、オーラや亡くなった人を見ることができるCHIEという人の言葉に「よく亡くなった人が今何を言いたいか聞かれることが多いんですけど、言いたいことはないからただ笑ってということと、ただ生きててくれたらもう、それだけでいいから」という言葉を見つけて、またも涙しました。それが同時期で私にはシンクロニシティのように感じ、まさにその言葉が父の言いたい言葉のように心に響いて、とっても慰められました。


世の中にはもっと悲しい思いをしている人がたくさんいるのはわかっています。でもそれでも悲しい。寂しい。辛い。時が解決する、というのもわかっているけど、まだまだ時間がかかりそうです。




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たいちさん

何かコメントしようと思いましたが、適当な言葉が見つかりません。ブログを復活されたことは、良いキッカケになると思います。
by たいちさん (2019-01-25 23:45) 

はるかぜ

私のブログが継続出来ているのもnaonaoさんのおかげです。更新がされていないので心配しておりましたが、そんなことがお有りだったのですね。何と書いてよいかわかりませんが、お悔み申し上げます。私の父も昨年ガンと診断され当分更新する気分にも成れませんでした。しかし、前を向こうと思いがんばって更新しております。
by はるかぜ (2019-01-26 08:01) 

いっぷく

私の父はもう昨年で43回忌でしたが、そして必ずしも良い父親ではなかったのですが
それでも子は親を選べず、どんな親でも親は親ですから、
43年経っても、喪失感を完全に払拭は出来ていません。
親子のつながりというのは、理屈ではないですね。
by いっぷく (2019-01-27 02:36) 

naonao

>nice!をいただき、皆様ありがとうございます。

>たいちさん、はるかぜさん、いっぷくさん、コメントありがとうございます。

一時よりは確実に、何とか、こんな私でも少しずつ前を見ることができるようになっています。
物事は決して同じところには留まっていず、幸せも続かなければ悲しみも続かないことを、いろんなことから気づかされてもいるこの頃です。同じ状態では決していられないことが、定めなのですよね。それが昔は楽しかったけれど、今は寂しくて辛い気がします。

生きていくとは何なのか?再び根本的な問題を考えるようになりました。でもブログにも書いたように「生きているだけで十分だから」「それだけでいいから」なのかもしれません。今はその言葉だけが救いになっています。

by naonao (2019-02-17 12:51) 

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