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熊から王へ~カイエ・ソバージュⅡ [本]

中沢新一の「カイエ・ソバージュ」シリーズⅡ「熊から王へ」読みました。



熊から王へ カイエ・ソバージュ(2) (講談社選書メチエ)

熊から王へ カイエ・ソバージュ(2) (講談社選書メチエ)

  • 作者: 中沢 新一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2002/06/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


「野蛮」とは富の分配が非対照的、それゆえテロを招く。テロは「野蛮」であり、それに対する報復も「野蛮」そして「はるかなる視線(レヴィ=ストロース)」の立場に立ち、神話の研究が現代のこういった難問を解決できないだろうか?と問う。


人間は文化を持ち、動物は自然を生きる。そして「国家」が出現した途端に「文明」「野蛮」が出てくる。宮沢賢治の「氷河鼠の毛皮」や、トンプソン・インディアンの民話の世界では、人間と動物はこの世界において同等であった。人は殺した動物の恩恵に与かる代わりに、殺した動物の体を丁寧に扱わなければならないし、儀式も行い、必要以上のものも取らないという「法」のある世界=「対称性の社会」があった。これこそ「野蛮」でない世界でした。それがいつしかそうではなくなった…。


熊は恐れられるとともに親しみのこもった友愛をかきたてられる動物としてたくさんの神話に出てきます。それは北西海岸のインディアンたちの神話。カナダ、アラスカ、北アメリカのインディアン。そしてベーリング海の向こうのモンゴロイドの人たちまで神話はあります。人が熊になり、熊が人にまた戻ったり、半分熊だったり、互いに結婚したり、兄弟親子の関係になったり…。そして熊を殺したならば熊を丁重に扱う熊送りの儀式もありました。熊は自然界のシャーマンであり熊には治癒力があると考えられていたので、シャーマンになる=熊になること、そのやり方は世界で同じスタイルを取っているといいます。例えば、スペインの闘牛。また仏教での飢えと寒さに耐える修行。両者とも生きるか死ぬか定かでない精神状態で精霊を待つのだといいます。


アメリカンインディアンの首長は王には決してなりません。首長は平和をもたらし、気前が良くてはならず、歌や踊りがうまくなくてはならないと言います。インディアンたちは夏には狩猟をしますが、冬にはその反対に人が自然に食べられるという、人と自然が対等の社会でした。夏には首長のものが、冬には秘密結社+戦士+シャーマンとなり、その役割は決して一緒にはしません。これは仏教にも繋がるものです。そして中国西南部の雲南にいる人たち、日本、アメリカンインディアンとモンゴロイドの環の人たちの共通点でもあります。熊や鮭の取り方、動物霊への儀式、冬の祭りが聖なる時間であり、国家を作ろうとしなかった人たちです。


置き去りにされた人が特殊な能力を持って元に戻ってくるという話は世界にあり、そして熊を主人公とする色んな話が北東アジアから南北アメリカまで(まさにモンゴロイドの環)あるというのだから面白いです。


この本から、自然を丁重に扱い、感謝するというモンゴロイドの人たちの心構えさえあればテロもなくなるんじゃないか、と思えました。すべては力づくで支配でなく、お互いさまで、相手の立場もわかろうとする気持ちがあればいいことですものね。モンゴロイドの人たちの神話や思想がもっとヨーロッパの人たちに知られると、世の中も劇的に変わる気がします。カイエ・ソバージュⅠに続き、Ⅱも大変興味深く面白かったです。講義を収録したまま文字に起こしているような本なので、何だか大学に戻って講義を聞いている感じもします。このシリーズはまだまだあるので、続きも読みたいです。



おまけ:


仕事で先日多摩センター駅に行ったとき駅前通りに大きなキティちゃんのお雛様↓がお目見えしていました。多摩センターはキティちゃんの街らしい。多摩市挙げて「ハローキティに会える街」としてイベントがあるらしいです。




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人類最古の哲学~カイエ・ソバージュⅠ [本]

中沢新一の「人類最古の哲学~カイエ・ソバージュⅠ」を読みました。


人類最古の哲学 カイエ・ソバージュ(1) (講談社選書メチエ)

人類最古の哲学 カイエ・ソバージュ(1) (講談社選書メチエ)

  • 作者: 中沢 新一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2002/01/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


先日新聞を読んでいたら、あるユニークな書店を営むオーナーに「あなたのとってのこれぞという本は何?」と質問していました。そしてそのオーナーは中沢新一の「カイエ・ソバージュシリーズ」を挙げていたので、中沢新一なんて何て懐かしいんだろうと思い、今回読んでみることにしました。彼の本は昔何冊か読んだことがあり、特に彼が自らチベット密教を学びにネパールの寺で僧侶に弟子入りし修行をしているので、チベット関連でもちょっと一目置いていた人でした。


そしてこの本ですが、結構面白かったです。


導入に竹取物語(かぐや姫)が、「結婚をしたがらない娘の物語」として、この娘は「燕の巣の中にある子安貝を持ってくれば結婚してもいい」と求婚者に言うのですが、この燕の巣の中にある貝は、アイルランドやフランスのブルターニュ地方にあっても似たような話があり、今でも燕石=燕が巣に運んだ石にはひな鳥の目の病を治し、その石を持っていると安産で、しかも他にも医療効果があると伝えられているとのこと。また燕は昔から死と水の領域に関係し乾燥と湿気を繋ぎ、暗い世界と明るい世界を繋ぐ仲介のような役目を負っていて、燕が家の中に巣を作ることをピタゴラスの時代から忌み嫌われていました。豆も同じように生と死の仲介をした存在として知られ、ピタゴラスは豆もまた大変嫌ったそうです。


そして、世界中に残されている「シンデレラ」の物語。実に450ものバージョン、変形のシンデレラストーリーが世界中にあるらしいのです。よく知られたディズニーの「シンデレラ」は17世紀のペロー童話集に収められ、封建的身分制度が存在する中、社会的な高さと低さを媒介し、現実的に解決できない自分の抱える問題を思考の中だけで解決したものと言っています。


また19世紀に書かれたグリム兄弟の「灰かぶり少女」は民衆から直接聞き取った話として、原シンデレラとも言える存在で、義理の姉たちの足の指やかかとを切り落とし、鳩が目をつぶすという残酷な物語になっていますが、灰かぶり、小鳥、豆、ヘーゼルの木、母親の霊が生者と死者を仲介していると言います。導入での燕石や豆が生と死二つの世界を媒介しているようにです。


ポルトガル民話には「カマド猫」という話があり、魔法の力で魚になった王子と水の中に入った少女が結婚する=族外婚を通じて死者と異界のものとのコミニュケーションの回路を開いた物語になっています。


そして、南方熊楠が見つけた9世紀の中国「支那書」には「壮族のシンデレラ」があり、美しい魚とまるで恋人同士のように親しかった葉限(シンデレラ)は継母にこの魚を殺され食べられてしまうのですが、残された魚の骨を大切に扱うことで幸運をつかむ物語になっています。アイヌやアメリカンインディアンの儀式にも、魚や獣の骨をきれいに取って水に返す、森に返すといった儀式があるらしく、この物語にもつながるものと言っています。


また19世紀の「アルゴンキン伝説集」の「見えない人」という物語はミクマク・インディアンによるシンデレラですが、シンデレラの物語を批評した新しいシンデレラの話となっています。かまどのそばにいて灰を浴びているだけでなく、焼けた薪や炭を押し当てられてボロボロの肌へと醜くなっているこのシンデレラ。王子である「見えない人」の前でもこのシンデレラはやけどの跡を残した醜いままの姿です。ミクマク・インディアンはヨーロッパの王子さまは外見ばかりで判断し精神性が低く、「見えない人」が手に入れようとしたのは美しい魂であって美しく着飾ったシンデレラではないと批判します。


世界中のシンデレラストーリー、面白いです。この本には元となっている話も載っています。


そして、シンデレラが残していった「片方の靴」の意味を読み解いています。古代ギリシャのオイディプス神話に、片足のくるぶしが不自由で自由に歩き回れないオイディプスが出てきます。彼は父を殺し、母と近親相姦、盲目となり、死の放浪に出るのですが、オイディプスには跛行のイメージがあり、死者の領域とコミュニケーションをする能力を持ったことで跛行を余儀なくされた存在とのこと。そしてオイディプス=シンデレラであり、実はシンデレラは死の世界と生の世界を繋ぐシャーマン的存在と言っています。


実際ロシアからトルコ・ギリシャのシンデレラ物語には「毛皮むすめ」というのがあり、オイディプスの近親相姦が形を変えて出てきます。


シンデレラはオイディプス神話であり、シャーマンの物語だったということですね。


そして、最後に神話と現実をテーマにしています。


インドの古代宗教「リグ・ヴェーダ」に「ソーマ」という謎の液体飲料が出てきますが、「ソーマ」とは一体何なのか、ずっとわからなかった時代が続いたそうです。でもそれはベニテングタケというキノコで、口にすると意識が高揚し幻覚作用を起こすとのこと。宗教を行うバラモンが口にし、体を通して尿として出したものを人々がまた飲むという儀式らしいのですが、これはシベリア北東部のエスキモーたちがベニテングタケを口にし尿を出してその尿で体を洗い食器を洗ったりしているのと共通しているといいます。


カムチャッカ半島のイテリメン族の「チェリクトフとベニテングタケ娘」という神話では、ベニテングタケのもたらす幻覚作用の誘惑はほどほどに付き合うにはいい効果を発揮するが、はまり込みすぎると危険であることを教えています。


神話は現実と幻覚の間に立ち、2つを仲介するのですが、幻覚の世界に埋没することの危険、あまりにも踏み込みすぎると人間は宇宙の中でバランス失ってしまう、何ももたらされなくなると言っています。


神話に限らず、小説を読みふけったり、映画を観たり、ドラマを観たり、あまりにものめり込んでしまえば、社会現象にまでなったあまちゃんロスとか、五代ロスとかになりうるということかな~と思いました。夢中になるのはいいけれど、現実世界とのバランスがやはり大切ですね。



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洗面器でヤギごはん どくだみちゃんとふしばな バースデイ・ガールなど [本]

最近読んでいた本です。


洗面器でヤギごはん 世界9万5000km 自転車ひとり旅III

洗面器でヤギごはん 世界9万5000km 自転車ひとり旅III

  • 作者: 石田 ゆうすけ
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2006/11/01
  • メディア: 単行本

友人が面白かったというので、読んでみました。7年もかけて自転車での世界一周旅の食事にまつわるエピソード集。私は2年間の電車とバスの普通の世界一周旅なので、もちろん行った国も、経験したことも違うのですが、「わかるよ、その気持ち」と読んでいて思うことは数知れず。旅が日常になると無性に働きたくなってくる気持ちや、旅を続けている何かの折に、「私いま何をやっているんだろう」と思ったり。帰国してしまうと、今までの旅してきたことが本当に現実社会で起こっていたことなのか、夢でも見ているんじゃないかと不思議な感覚に襲われることとか…。旅先での数々の出会い、現地の人の家にお呼ばれしてご馳走になったり、旅先で出会った人と共に行動したり、その旅先で出会った人のところに遊びに行ったり。現地での数々のご馳走や珍しいもの。何だかすっかりそんな世界を忘れていました。読み終わったその日、旅先で出会ったあの人は、あの人この人たちは、今どうしているだろうといろいろ考えてしまいました。


すっかり今となっては腰が重くなってしまい、あまり海外に行きたいと思わなくなってしまったのですが、行きたいと思った時に行きたいところへ行けて、幸せだったなあと思いました。たぶん、バックパックを背負っての安旅はもうしないかも。せいぜい1,2週間とか長くて1か月くらい一か所にいての生活型の滞在ならいいかもなあと思うのでした。



すべての始まり どくだみちゃんとふしばな1 (どくだみちゃんとふしばな 1)

すべての始まり どくだみちゃんとふしばな1 (どくだみちゃんとふしばな 1)

  • 作者: 吉本 ばなな
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2017/12/20
  • メディア: 単行本
忘れたふり どくだみちゃんとふしばな2 (どくだみちゃんとふしばな 2)

忘れたふり どくだみちゃんとふしばな2 (どくだみちゃんとふしばな 2)

  • 作者: 吉本 ばなな
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2017/12/20
  • メディア: 単行本

この2冊は吉本ばななの有料メルマガに書かれたものを書籍にしたもの。銀色夏生と一緒で吉本ばなながメルマガをやっていることを知りました。彼女が銀色さんを参考にしたらしいことにびっくりだし、その記述を読んだとき何かがやはり繋がっているなあと思いました。吉本ばななは作家としての危機感みたいなものを述べていて、こんなに売れてる彼女のような作家でさえも危機感を持っていることに驚きました。そしてそういう意味では、生きていくってことはどんな人でもどんな立場になっても大変なんだなあと素直に思えました。彼女の本の中には私の好きな銀色夏生のほか、村上春樹の名前、作品(「騎士団長殺し」)なんかも出てきて、(そういえばさくらももこの名前は近頃出てこないな)好きなもの繋がりなのがますます楽しくなりました。お気楽に読める随筆。このシリーズ、続けてほしいなと思いました。



バースデイ・ガール

バースデイ・ガール

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/11/30
  • メディア: 単行本

あっという間に読めてしまい、読み終えるのが惜しい気がする本でした。真っ赤な本で、中身も半分が真っ赤なイラストでインパクトがある。もちろん文章は村上春樹なので、彼らしいリズムのある文章と言い回し、そしてちょっと素敵な20歳の誕生日のお話。夢があって人生を考えさせられる物語になっていました。

ひとつだけ、何か願い事が叶うとしたら、自分は20歳の時何を願っただろうと思います。本の中に出てくる僕と同じで、そのことを思い出すにはもう年月が経ち過ぎている。でも主人公の女の子がもっと美人になりたいとか、賢くなりたい、お金持ちになりたいと、普通の女の子が願うことをお願いせず、何を願ったのか、とっても気になりました。この本は成人式を迎える20歳のお祝いにプレゼントするのにすごくいいかもしれません。


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2039年の真実 吹上奇譚 つれづれノート32 など [本]

長く更新していませんでした。あまり書く気がしなくて、サボっていました。書き出せば大したことないのですが…。これからは長く細く気分が乗る時だけでも書いていこうと思っています。


最近読んでた本です。


決定版 2039年の真実

決定版 2039年の真実

  • 作者: 落合 信彦
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 1993/09
  • メディア: 単行本

学生の時、歴史Bという西洋史の一般教養の授業の中で、ケネディ家にまつわる授業がありました。その中でケネディ大統領暗殺のことも触れられ、当時ワクワクしながら授業を聞いており、その時参考文献に挙げられていたのがこの落合信彦が書いた「2039年の真実」でした。当時読んだのですが、トランプ大統領がケネディ大統領暗殺に関する新たな文書を公開するというニュースを聞いて、懐かしくてもう一度この本を読みたくなり読んでみました。私が読んだ当時の本から何回も刷り直されているようです。


今読んでも謎が謎を呼び、本当にこの事件はCIAか、FBIか、はたまた軍産複合体か、ジョンソン大統領かニクソン大統領か、シンジケートか、犯人が誰なのか謎です。ただひとつはっきりしているのは、ケネディ大統領が色んなタブーに挑戦し続けていたこと。だからケネディ大統領が面白くない輩も出てくるわけです。


ケネディ大統領が打たれ弾の角度も位置も、検証されると全く当てはまらないに関わらずそれで捜査が打ち切りになり、犯人にされたオズワルドはジャック・ルビーに殺され、ジャック・ルビーもまた獄中で亡くなり、そのほかの様々な関係者も次々に命を落とし、捜査しようとしたり、色んなことを発言しようとするとどこかから横やりが入り、精神不安定になり自殺したり、交通事故に遭ったり、とにかく謎の死を遂げるのです。文書もかなりの部分今では破棄されているとのこと。誰も関係者がいなくなった2039年にすべてを白日の下に晒すというのですが、本当のことは一体どれだけわかるのか、疑問です。でも本当に真実は小説よりも奇なり。下手な推理小説よりよっぽどこの事件は面白いです。


今回、トランプ大統領が明らかにした文書で一体どれだけのことがわかったのか。その後あまりニュースになってないので、大したことはなかったのでしょうね。残念です。やはり2039年を待たないとダメなのでしょか?



吹上奇譚 第一話 ミミとこだち

吹上奇譚 第一話 ミミとこだち

  • 作者: 吉本 ばなな
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2017/10/12
  • メディア: 単行本

大好きな吉本ばななの本。今回は姉と妹のお話。そして異世界の血が流れているこの姉と妹がピピッとすぐに通じてしまうというファンタジー、おとぎ話なのですが、どんな設定であれ、彼女の書く本は、読んだ後の気分がフワフワして優しい気持ちになり、普通にちゃんと生きることの大切さみたいなものを教えてもらえる気がします。父親が死に、母親が眠り病みたいなものにかかりずっとベッドの上で眠っていて現実は結構つらいはず。そして姉のミミは占い師の元にいろいろ聞きに行く。占い師はその後起きることの予言をし、それが見事的中。また夢の暗示もあって、現実がつつがなく進行していくのです。そして妹のこだちが母親を探しに黄泉の世界のようなところに出向き戻らなくなる…。でもすべては最後めでたしめでたし。この本は第一話なのでこれからも第二話、第三話…と続いていくのでしょう。彼女の本はホッとでき、私の中の凝り固まった何かがほどけていく、そんな感じです。だからずっと読みたくなるのでしょう。彼女の描くその世界が好きです。



ぷかぷか浮かびとこれから つれづれノート32 (角川文庫)

ぷかぷか浮かびとこれから つれづれノート32 (角川文庫)

  • 作者: 銀色 夏生
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/09/23
  • メディア: 文庫


銀色さんのお馴染「つれづれノート」さくくんとカーカ。宮崎への里帰りと東京でのジム通い。そして時々旅行に出かけ、銀色さんが気になるものへの参加など、いつも内容は大して変わらないけど、何かやはり読みたくなる。日々の買い物や食事。日常。長く読んできているのでその安定感、安心感みたいなものがある。今回はジムのプールでゆらゆら揺れて、それはまさに瞑想をするかのような体験と彼女は綴っています。私も瞑想について去年くらいからとってもその重要性を感じていたので、何だか共感。そして「リリーのすべて」や「エキスマキナ」の映画は私も観たなあと懐かしく、いつ観たっけと思い調べてみると既にそれぞれ観てから1年半、そして1年が経っていました。月日だけはどんどん過ぎていくなあと。そして「赤毛のアン」が好きだなんて、私もそうだよ、と思いました。今私も読み返したら楽しいかなあと、ちらりと思いました。


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騎士団長殺し [本]

村上春樹の「騎士団長殺し」。遅ればせながら読みました。


騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/02/24
  • メディア: 単行本
騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/02/24
  • メディア: 単行本





好きな作家の文章はするする読める。そしてストーリー展開も楽しかった。でも解決しない問題、未消化で終わったことなど、納得できないこともたくさん残る作品でした。


離婚を機に、家を出て東北を旅する主人公。旅から戻ると友人の雨田の父(有名な画家)が住んでいた小田原郊外の家を借りることになる。かつては肖像画家として生活していた主人公だが、そろそろ自分の絵が描きたくなっていた。そして丘の向こうに住むフィッツジェラルドのギャッツビーを思わせる免色という銀髪のハンサムな男から肖像画の依頼が。免色の肖像画ができると今度は、免色が自分の娘かもしれないという免色の家から良く見えるまりえの肖像画を描いてほしいと依頼してくる…。


その間に家の天井から「騎士団長殺し」と題名の入った雨田の父の絵が出てくる。モーツアルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」を日本風にアレンジしたような絵。主人公は雨田の父の人生を知りたくなり、そしてその絵の意味することが知りたくなる。それから夜中に謎の鈴の音がなり、不気味なのでその鈴の音のありかを求め祠の後ろだと悟る。免色に話すと免色は業者に頼み掘り石室を発見するが、即身仏のようなものは現れず、ただの鈴だけが残っていた。それからその絵から抜け出したかのような身長60センチの騎士団長が現れたり、鈴が無くなったり、親友の雨田の持ってきたナイフが無くなったり、まりえがいなくなったりと、いろんなことが次々に起こる…。


今回の作品はやたら性的描写が多かった気がします。あまり出てくると辟易だなあと思いました。また13歳のまりえが自分の胸のふくらみをやたらに気にするところが何度も出てきて、しつこく感じてしまった。雨田の父の入院先に雨田とお見舞いに出かけ、「騎士団長殺し」を再現するかのように騎士団長を殺し、顔ながの覗く穴から自分が入って異次元を突き進み、何とかたどり着いたのはあの鈴の音がした石室。それが何を意味し、なにに繋がるのか。その一端の騎士団長殺しを再現することは、雨田の父にとって果たせなかった胸のつかえなのでそれを再現してあげること、その意味はあったかもしれないけれど、主人公が異次元の世界を命をかけて経験することが、本当にまりえの失踪の解決になったのか、そこは本当に疑問だし正直がっかりだった。だってまりえは自らの意思で免色の家に潜り込み、単にあまりのセキュリティの厳しさから免色の家から出れなくなっていたのだから。主人公は何のためにそんな大冒険をしたのか。それはあるいは自分自身のためだったのかなあ。閉所恐怖症だったからそれを克服したという意味で、成長のためにしたのか。それとも開けてはならない石室を開けた後始末として、また一周回って元に戻るのはいいことなのでそうしたのか。それを言うなら離婚した妻とはまた元の鞘に収まるので、一周して良かったのか。主人公は往々にして冒険をしてたくましくなって元の場所に戻り、めでたしめでたしとなるけれど、そういうことでもあったのかなあと思いました。


この作品にはたくさんの夢の示唆が出てくるのですが、特に妻と現実世界では離れているにもかかわらず夢の中で愛し合い、物理的にはありえないけれど妻が実際に現実世界で妊娠してその子供はもしかしたら自分の子供かもしれない、いや自分の子供としてこれから育てるという暗示だったのか、そういうのはとっても好きな設定だなあと思いました。そして妻が「人間は自分の意思のもとにいかにも生きているようだけれど、実は初めからそうなるようになっている」と言ったりしているのが、そこかで聞いたセリフだけど、そうだよなあと改めて思うのでした。


免色が突拍子もなく「右か左かと言われれば左を取ります。いつもそうです」みたいなことを言っていて、主人公が異次元の世界を行かねばならないとき、そして迷った時左を取りそれが正解だったこと。ドンナ・アンナや妹が途中で応援してくれたこと。たまたまポケットに入っていたまりえのペンギンのストラップで船を渡してもらったことなど。大変な時、必要な時には何かしらなんとかぎりぎりでもやって行けるということなのかもなあと思いました。「不思議の国のアリス」が好きな妹が富士山の風穴に行ったとき穴の中にするすると妹一人で入ってしまったことと、今回の穴の様々な関連、妹の面影と妻、妹と同じ年頃のまりえ、妹を思い出させる女の子供と、すべては亡くなってしまった妹に起因している主人公。人はそれぞれにこだわって人生を選択しているのかもしれない。それがこの主人公は妹だったみたい。


全体のタッチがサスペンスがかっていて、結構ドキドキして読んでました。まりえがいなくなったときに、その行方が気になるのに、主人公が異次元に行ってその描写が長いのがなんともイライラしてしまったけれど、そしてまりえが同じ異次元に入り込んだわけでなく、免色の家にいたなんて拍子抜けでしたが、それでも楽しく読み終えました。でも今まで村上春樹の作品を読んでいて、イライラしたり拍子抜けすることなんかなかったので、今回は微妙に、昔のしっくりきた感じとは違うなあと感じました。もちろん、村上春樹作品も変わっていくし、読んでいるこちらも変わってくるのだから仕方ないことですが。


いつも村上春樹の作品にスピリチュアルな面を自分で見出しそれが楽しい私ですが、今回はどうだったかな。目新しいものはあまり見いだせていない。でもそれでもこれほど集中して読めたことに感謝してます。こんなに夢中になって読める作家はなかなかいないので、やはり私にとっては彼は大切な作家です。これからも彼の作品が出れば、読んでいきます。


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